昼過ぎ、商店街を抜けた先にある古い公民館の二階。
窓から差し込む光が、長机の上に柔らかな影を落としていた。
集まったのは、地元で活動する十数人の人たち。
誰もが昨日や今朝、自分の暮らしの中で見つけた“小さな問い”を持ち寄ってきている。
机の上には、色とりどりの付箋やカード、マーカーが並んでいた。
「信号の間隔」「空き店舗」「会話の繰り返し」――
昨日、観察者がノートに書いたあの芽も、その中にある。
だが、ただ机の上に置いただけでは、この芽は簡単に風にさらわれてしまう。
否定や無関心、あるいは日常の忙しさが、その存在を消してしまうのだ。
器という発想
「だから、場所が必要なんです」
集まりの中で、一人がそう口にした。
「この問いを守る“器”のような場所が」
その言葉に、場の空気が少し変わった。
器――それは単なる物理的な箱や会議室ではない。
ここでいう器とは、問いを安全に置き、必要なだけそこに留めておける環境そのものだ。
器の役割は二つ。
ひとつは保護。外からの急な批判や即断を避け、問いがまだ未完成であることを許す。
もうひとつは発酵。外の視点や異なる背景の人との出会いを通して、問いを少しずつ育てる。
守りすぎれば閉じこもりになり、開きすぎれば問いの形が崩れる。
その絶妙なバランスを保つことこそが、器の存在意義だ。
五つの柱
やがて、この器を支えるための五つの柱が話し合いの中から立ち上がった。
- Fairness(公正)
大きな声も小さな声も、等しく置かれる。
立場や肩書きが、問いの重さを左右しない。 - Empathy(共感)
数値や事実の裏にある感情や背景を大切にする。
同意ではなく、理解する姿勢が重視される。 - Liberty(自由)
どんな形の問いでも置くことができる。
制約は、互いの尊厳を守るために必要な最小限にとどめる。 - Independence(自治)
自ら問いを選び、育てる主体であること。
他者に委ねすぎず、責任を持って関わる。 - Xenocracy(革新的統治)
外からの新しい知や技術、とくにAIを安全に取り込む柔軟さを持つ。
この五つは、壁に貼られたわけではない。
場に集う人たちの態度ややり取りの中に、少しずつ染み込んでいった。
形のない器
FELIXの器は、固定された場所を持たない。
オンラインでも、野外でも、公民館でも、器の“条件”さえ満たされればそこに立ち上がる。
境界線が見えないからこそ、参加者の意識と作法が器を形づくる。
この日も、誰かが問いを語り始めると、他の人はメモを取りながら耳を傾けた。
意見を挟む前に、その問いが生まれた背景や状況を確かめる。
そのやりとり自体が、器の壁や床を組み上げていくようだった。
器の初仕事
「この信号の間隔、誰が決めてるんでしょうね」
商店街の店主が呟くと、元自治会長が「市役所の交通課だろうね」と答える。
そこから話は、通学路の安全、バスの運行、近隣の工場のシフト時間へと広がった。
問いは、器の中で別の問いと触れ、少し形を変える。
それでも、元の芽は失われない。
むしろ根を張り、枝を伸ばすように、つながりを増やしていく。
次の準備
集まりの最後、器の図がホワイトボードに描かれた。
中央に「問い」があり、その周りを五つの柱が支える。
「これで、この場はどこでも再現できる」と誰かが言った。
器の存在は、これから生まれる無数の問いに居場所を与えるだろう。
次章では、この器の中で問いがどのように形づくられ、他者とつながっていくのか――
WINEという道具が登場する。
それは問いを守るだけでなく、育て、橋をかけるための四つの手つきだ。