1章 (05) 説明会

説明会当日の朝、勝道は窓辺で静かに息を吐いた。昨夜感じた不安は、朝の清々しい風を前にしても完全には消えなかった。大谷川の流れは穏やかに輝いていたが、それがかえって彼の胸にある複雑な思いを際立たせているようだった。

発電所の敷地内に設けられた小さな集会所には、地域住民が次々と集まっていた。温泉街で代々旅館を経営する人々、周辺農家の人々、自然環境を守る活動をしている人々、さらには土木や建設業に携わる人々まで、さまざまな立場の住民が顔を揃えていた。皆の表情は真剣であり、どこか緊張感を漂わせていた。

壇上には細尾電力の主任である山本が控えており、その横には技術顧問として招かれた東京帝都大学の稲葉教授が、穏やかだが引き締まった面持ちで座っている。時間になると山本主任が簡潔に挨拶し、稲葉教授に進行を譲った。

教授は丁寧に自己紹介をしたあと、説明を始めた。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。東京帝都大学の稲葉です。まず、私たちがここで計画している新たな発電技術――地熱および天然ガスの複合発電の概要とその重要性についてお話しいたします」

プロジェクターが静かに作動し、資料の画面が映し出された。教授の説明は、穏やかで分かりやすく、聞き手を納得させる力があった。しかし、住民たちの懸念が完全に払拭されることはなかった。

説明が終わると、会場は静かな緊張に包まれ、質問の時間が始まった。

最初に口を開いたのは、温泉旅館を営む年配の男性だった。

「私はここで長年旅館を経営してきました。地熱発電というのは、地下の水脈に影響が出るのではないですか?温泉が枯れれば、私たちはもう暮らしていけません」

教授は冷静に、しかし真剣に頷いて答えた。

「非常に重要なご指摘です。地熱発電で利用する地下の水脈は、温泉源とは異なった深さの場所にあります。影響が出ないよう、地質調査や継続的モニタリングを実施し、その結果は必ず地域の皆様に公開します」

次に、若い農家の女性が立ち上がった。

「地熱を利用することで地下水が変化し、大谷川の流量が減ったりすれば、私たちの農業に影響が出ます。そのあたりはどう考えていますか?」

稲葉教授は、真摯な眼差しでその問いにも答えた。

「ご心配はごもっともです。発電所の設計段階から地下水の循環系や河川流量を確保する設計を徹底し、農業用水や生態系への影響が最小限に抑えられるよう慎重に進めてまいります」

次には、環境保護団体の代表者が質問をした。

「天然ガスの採掘というのは、爆発事故や大気汚染のリスクがあると思いますが、その安全対策はどのようにされるおつもりですか?」

教授はその質問にも誠実に向き合った。

「天然ガスの採掘には確かにリスクがあります。そのため最新の安全技術と厳格なモニタリング体制を導入し、地域の皆さんに常に情報を提供し、安全性の維持を図ります」

さらに、土木関係の会社を営む男性が立ち上がり、鋭い口調で問いかけた。

「地熱や天然ガスの採掘は、地盤沈下の危険性があります。地盤が沈下した場合、道路や住宅への影響は計り知れませんが、その点についてはどうお考えですか?」

教授は深く息を吸い、慎重な表情で答えた。

「地盤沈下のリスクは確かにあります。地下資源の取り出しによって一時的に地盤が変動する可能性があることは否定できません。そのために私たちは徹底した地質調査と定期的な地盤モニタリングを実施し、地盤の変動が生じる可能性を常に把握します。皆様の安全と生活環境を第一に考え、問題が発生するリスクがわずかでもある限り、計画を強行することはありません」

会場には重い沈黙が広がった。勝道は、その沈黙が技術と社会の間に横たわる大きな境界線であるように感じていた。

説明会が終わりに近づく頃、会場は未解決の疑問や不安が多く残されたままになっていた。勝道は、地域の人々が持つ不安が、単に技術的な問題だけでなく、地域の歴史や生活そのものに深く根ざしていることを感じ取った。

彼は自分自身に問いかけていた。

(自分は技術者として、この地域の人々とどう向き合うべきなのだろうか。技術をただ押し付けるのではなく、地域と調和する方法を見つけることが本当にできるのだろうか――)

勝道の胸の中には、その日初めて明確に芽生えた小さな覚悟が生まれつつあった。それは技術者としての新たな責任感であり、地域社会と真摯に向き合うための静かな決意だった。