小学校最後の春が訪れ、中学校の入学説明会の日がやって来た。羽束えつこは朝から心が落ち着かず、少し緊張しながらも母と一緒に新しい中学校へと足を運んだ。
新しい中学校への道は通い慣れた小学校のそれとは異なり、どこか新鮮でありながらも少し緊張感が漂っていた。道中、母はえつこの不安を察したかのように何度も優しい笑みを向けてくれた。えつこは母の温かさを感じつつも、自分の中にある緊張や期待を抑えきれずにいた。
学校に到着すると、新入生とその保護者たちで体育館はいっぱいだった。体育館の中は、新たな門出を迎える子どもたちとそれを支える親たちの熱気と活気に溢れていた。新しい友達、新しい先生、新しい制服。それらが目に映るたびに、えつこの胸の鼓動は速まった。
入学説明会が始まると、中学校の先生が壇上に立ち、中学生活や部活動、勉強について丁寧に説明を始めた。話を聞きながらえつこは中学生活がますます現実的に感じられ、自分にその環境が馴染むのだろうかと不安になった。
説明会が終わると、制服の採寸のために列に並んだ。えつこの前後では、同じ小学校の友達たちが楽しそうに話をしているのが聞こえた。
「新しい制服、楽しみだね」 「そうだね、中学生って感じがするよね」
その楽しげな会話に、えつこは曖昧に微笑みながら、心の中では自分が新しい制服を着る姿をうまく想像できずにいた。本当に自分が制服を着て、新しい環境に馴染んでいけるかどうか、不安ばかりが募っていた。
やがてえつこの番が来て、採寸を終えた。採寸を担当した先生が「似合いそうね」と優しく微笑んでくれたが、えつこはその言葉を素直に受け止めることができず、ぎこちなく小さく頷くだけだった。
帰宅後、母が採寸結果を確認しながら微笑んだ。
「えつこももうすぐ中学生ね。似合う制服が来るの楽しみね」
母の穏やかな笑顔に、えつこは心が少し軽くなった気がした。
その日の夕暮れ、えつこはいつものように羽束川の川辺へと向かった。川の水面には夕日が柔らかく反射し、穏やかな空気が辺りを包んでいた。えつこは川辺に座り込み、静かに川の流れを見つめた。
「新しい制服か……」
彼女は静かに呟きながら、足元に転がっていた小さな石を拾い上げ、そっと川面に向かって投げ入れた。石が水面に落ち、小さな波紋が静かに広がっていく様子をじっと見つめていると、自分の中にあった不安も、少しずつ水面の波紋のように広がっては静かに消えていくような気がした。
やがて日が落ち始め、空には薄いオレンジ色が広がった。えつこは立ち上がり、家路につきながら、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
「きっと、大丈夫」
その言葉は不安と期待が混ざり合ったものだったが、彼女にとっては自分を励ますための大切な一言だった。新しい制服を通じて、新しい自分に出会えるかもしれないという希望を抱きながら、えつこは一歩ずつ前に進み始めていた。