0章 (09) 卒業へのカウントダウン

冬が訪れ、小学校生活も残りわずかとなった。羽束えつこにとって、この時期は複雑な心境で過ぎていった。中学校への期待と不安、そして慣れ親しんだ小学校との別れへの寂しさが、胸の中で入り交じっていた。

教室では卒業式の準備が始まった。先生が式典の流れを説明し、生徒たちは卒業式で歌う合唱曲の練習を毎日のように行った。えつこは合唱練習に参加しながら、周囲の友達が少しずつ大人びていく姿を感じ取っていた。

「えつこちゃん、中学校に行ったら何部に入る?」

ある日の放課後、友達が興味津々に尋ねてきた。

「まだ決めてないんだ。みんなはどうするの?」

えつこは控えめに尋ね返した。友達は明るく話を続け、えつこはそれを聞きながら自分の将来をぼんやりと想像した。運動が得意な子は運動部に、絵が好きな子は美術部に入るという話を楽しそうにしている友達を見て、自分には何が合っているのか、えつこは内心少し焦りを感じていた。

家に帰る途中、えつこはいつものように羽束川の川辺を訪れた。冬の川辺は空気が冷たく澄んでいて、落ち葉が舞い散る静かな風景が広がっていた。えつこは川辺のいつもの場所に座り、静かな水面をじっと見つめながら深いため息をついた。

小学校に入学したばかりの頃を思い出す。あの頃は不安でいっぱいで、友達と上手く話せるかどうか、授業についていけるかどうか心配ばかりだった。それでも、ゆっくりと自分のペースで慣れていき、気がつけば友達ができて、学校生活が楽しくなっていた。

「中学校も、きっと同じだよね」

えつこは静かに呟き、胸の奥に広がる不安を押し込めるように川面を見つめ続けた。自分を励ます言葉を口にするたびに、心に小さな勇気が湧いてくるような気がした。

冬の日は短く、辺りはすぐに薄暗くなってきた。川辺の冷たい空気が頬をなで、えつこは身を震わせながら立ち上がった。家に向かう道すがら、これから訪れる変化を受け入れるための小さな決意を胸に抱いて歩いていった。

その日の夜、夕食の時間に母がえつこに話しかけた。

「卒業式、楽しみ?」

えつこは少し迷った後、小さく頷いた。

「楽しみだけど、ちょっと怖いかな。中学校、ちゃんとやっていけるか心配で」

母は優しく微笑みながらえつこの肩に手を置いた。

「大丈夫よ。えつこは今までだって色んなことを乗り越えてきたじゃない。きっと中学校でも素敵な出会いが待ってるわよ」

母の温かい言葉に、えつこは胸が熱くなり、目頭が少し潤んだ。

その夜、ベッドに入りながらえつこは天井を見つめていた。卒業式までのカウントダウンが始まり、自分が小学校で過ごした時間をひとつひとつ思い返していた。新しいことへの不安は完全には消えないが、それでも確かに胸の奥には母の言葉が残っていた。

「きっと大丈夫」

彼女はもう一度小さく呟いて目を閉じた。新しい世界への一歩を踏み出す日が少しずつ近づいていることを感じながら、えつこはゆっくりと眠りに落ちていった。