1章 (13) 再会と小さな気づき

5月も半ばを迎え、市川三郷町は日に日に初夏の色を深めていた。富士川の清らかな流れは鮮やかな新緑を映し出し、川辺の草花も穏やかな風に揺れている。そんな自然の中で、市川みさとはいつものように穏やかな日々を過ごしていた。

ある日の午後、短大の授業を終え、みさとは地元でよく立ち寄る小さなカフェで友人の美紀とお茶をしていた。窓際の席に座り、二人で町の何気ない日常を語り合っていると、カフェの入口が静かに開いた。

「あれ、もしかして……みさと?」

名前を呼ばれ、振り向くとそこには高校時代の同級生、野田葵が驚いた表情で立っていた。葵とは高校卒業以来、数年ぶりの再会だった。

「葵ちゃん!久しぶり!」

みさとは驚きと嬉しさの混ざった笑顔で立ち上がり、葵を迎え入れた。

葵は高校時代から真面目で落ち着いた性格で、みさととは卒業後疎遠になっていたが、町の役場に就職したという噂だけは耳にしていた。そんな葵と偶然再会し、みさとの胸は静かな高揚感に包まれていた。

葵も嬉しそうに笑みを浮かべ、三人は同じテーブルに腰掛けることになった。

「葵ちゃん、役場で働いてるって聞いてたけど、元気だった?」

美紀が懐かしげに尋ねると、葵は頷きながら答えた。

「うん、役場の観光課にいるの。町の魅力をもっと多くの人に伝えられたらいいなって思ってるよ。みさとは?」

「私は今、短大に通いながら和紙工房でアルバイトしてるよ。地元の和紙文化に触れて、この町の良さをあらためて感じてるところかな」

そう答えると、葵は嬉しそうに微笑んだ。

「みさとらしいね。この町のことをちゃんと知って、大切にしてるんだね」

みさとは少し照れ臭くなり、小さく笑った。そのまま三人はお互いの近況や高校時代の思い出話に花を咲かせ、ゆったりとした午後の時間が流れた。

話題が途切れた頃、ふと葵が言葉を切り出した。

「そういえば、みさとは知ってる?市川三郷町って、水がすごく綺麗で豊富なんだよ。水道水も湧き水を使っていて、美味しいって県外からも評判なんだ」

葵の言葉に、みさとは驚いて目を丸くした。自分の町のことを知っているつもりだったが、その話は初耳だったからだ。

「そうだったの?知らなかった!」

みさとが感嘆の声を上げると、葵は静かな笑みを浮かべながら続けた。

「意外と知られていないけど、町の水道の源泉は芦川の湧き水なの。県内でも特に水質が良くて、その水のおかげで美味しい農作物が育ったり、和紙作りに活かされたりしてるんだよ。みさとが働いてる和紙工房も、きっとこの綺麗な水があってこそじゃないかな」

葵の話を聞きながら、みさとは思わず自分の中に新たな好奇心が芽生えるのを感じた。これまで何気なく飲んでいた水が、実は町の豊かな自然の恵みだと知り、その事実が胸にじんわりと響いてきたのだ。

「全然知らなかったよ、葵ちゃん。そう考えると、この町って本当にすごいんだね……」

みさとの言葉に葵は微笑み、優しく言葉を添えた。

「そうだよね。私も役場で働き始めてから、初めて知ったことがたくさんあるの。自分の町のこと、まだまだ知らないことだらけだって気づかされたかな」

葵のその言葉がみさとの心に静かに染み渡った。自分自身も、この町についてまだ知らないことが多いということに改めて気付かされた瞬間だった。

美紀が時計を見て「あ、私そろそろ戻らなきゃ」と言って席を立ち、二人に手を振ってカフェを後にした。みさとと葵はもう少し二人で話すことにした。

「葵ちゃん、もっと町のこと聞かせて欲しいな。水のことも、まだまだ知らないことがありそう」

葵は嬉しそうに頷き、

「もちろん。役場には詳しい人もいるし、今度紹介するよ」

その申し出に、みさとは胸が高鳴った。自分が育った町のことをもっと深く知りたいという思いが、これまで以上に強くなっているのを感じた。

帰り道、自転車を漕ぎながらみさとは夕暮れの空を見上げた。今日の葵との再会は、彼女の中に新たな気づきをもたらしてくれた。

『この町のこと、まだまだ知らないことがたくさんある。もっと深く知りたい。』

彼女の胸に浮かんだその小さな決意は、川を渡る風とともに、静かに町の空気に溶けていった。