地域住民への説明会の準備が進む中、勝道はこれまで以上に入念な準備を行った。技術的な詳細に加え、経済性や環境影響、さらに安全性まで網羅した資料を作成し、専門家たちとも何度も事前に打ち合わせを繰り返した。
説明会前日、主任の山本が勝道を静かに呼び止めた。
「勝道、明日の説明会は厳しいものになるだろう。技術者として技術の利点を強調したくなる気持ちもわかるが、住民の皆さんが本当に求めているのは、公正で中立な情報だ。冷静に整理して伝えることを心がけてほしい」
勝道は深くうなずいた。主任の言葉は、彼自身が感じていた説明責任の重さを改めて裏付けるものだった。
説明会当日、会場となった地元の公民館には予想を超える数の住民が集まっていた。関心の高さ、そして不安の大きさを示しているようだった。説明会は、山本主任の短い挨拶から始まり、すぐに勝道がマイクの前に立った。
「本日は、お忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。私たちは地域の皆様に対して、これまでの地盤調査の結果と、今後の対応策について正確かつ公平にお伝えする責任があると考えています。」
勝道は落ち着いた口調でそう述べると、丁寧に調査の経緯から説明を開始した。調査結果に見つかった地盤の脆弱さ、さらにその克服のために検討している新技術の概要を冷静に、また誠実に伝えた。
住民からの質問が始まると、やはり安全性に関する質問が相次いだ。
「本当にその技術で地盤の沈下は防げるのか?」
「工事中に何か問題が起きたら、すぐに対応できるのか?」
勝道は一つひとつの質問を冷静に聞き取り、専門的な表現を使わず、分かりやすく丁寧に答えた。
「ご心配はもっともです。私たちが提案している地盤改良の技術は国内外で既に成功した事例があります。しかし、完全にリスクがないとは言い切れません。技術的な限界や予測外の問題もゼロではないことを、正直にお伝えします。そのため私たちは、施工中も継続的なモニタリングを行い、少しでも問題が生じた場合は即座に対応できる体制を整える予定です。」
その説明は一部の住民の不安を和らげる一方で、新たな疑問を呼び起こした。
別の住民が、費用や期間について質問した。
「新技術を使えば当然工事費用が増えるのではないか?その費用は最終的に私たち住民に跳ね返るのではないか?」
勝道は静かに頷き、誠実な口調で答えた。
「工事費用の増加は避けられないでしょう。ただ、この費用については地域の皆様に負担を強いるのではなく、基本的に当社が負担します。しかし、間接的な影響として地域経済に与える影響や、工期延長による不便などについても、今後さらに説明責任を果たし続けていくつもりです。」
会場のざわめきは止まらなかったが、勝道は決して感情的にならず、公正で中立な姿勢を崩さなかった。その姿勢に、やがて住民たちの強張った表情が少しずつ和らぎ始めた。
説明会が終盤に差し掛かると、ある年配の男性が静かに立ち上がった。彼は、少し震えた声で勝道に問いかけた。
「勝道さん、あなたを信じてもいいのですか?技術というものを私はよく知りません。私たちにとって、あなたが言うことが唯一の判断材料なんです。」
その質問は勝道の胸を深く打った。彼はゆっくりと深呼吸をし、正面からその男性の目を見て答えた。
「信じていただけるよう、私たちは努力し続けます。そのためにも、皆様との対話を絶対に途切れさせません。正しい情報を提供し続けます。技術の説明だけでなく、その限界やリスク、もし問題が起きた場合の対処方法まで、隠さず共有し続けると約束します。」
その誠実な言葉に、会場は次第に静かになり、住民たちの表情には穏やかさが戻り始めた。
説明会を終え、静まり返った会場で後片付けをしていると、主任の山本が勝道にそっと声をかけた。
「よくやったな。君の説明は公正で冷静だった。住民の方々にとって本当に必要なのは、完璧な技術ではなく、正直で誠実な態度だということを、君自身が示したんだ。」
宿舎に戻った勝道は、再び稲葉教授の資料を手に取った。そこには赤沢浪平が残した「技術は人間の信頼の上に成り立つ」という言葉があった。その意味を、今日ほど深く理解したことはなかった。
窓の外には星空が広がっていた。
勝道はその星々を見上げながら、静かな決意を新たにしていた。
技術者としての本当の責任とは、完璧な技術を追求するだけではなく、人々との真摯な対話を通じて、技術と社会を結びつけることにあるのだ――。
それは容易な道ではないが、勝道はその困難な道を歩み続ける覚悟を心に深く刻み込んだのだった。